散骨屋日記

アメリカの場合日本の場合

日米散骨事情 アメリカの場合/日本の場合

アメリカの場合

日本の知人で私が開業したことを知り、
何で散骨屋なんかになったの?と聞く人は9割だが、
良かったね、散骨屋さんになってと言ってくれる人はいない。

散骨自体意味を知っている人は多いが詳細を知る人は
ごく稀だからだと思う。

それもアメリカでの開業だから、ほとんど<?>状態だ。

アメリカには葬儀全般を扱う専門家として、
フューネラルディレクターと言う立派な職業があり、
そう歴史は長くないのだけど、学校に行き講座を受け、
ライセンスを取って始めて開業できる。
また、東海岸には大学の専門学部まである。

エンバーミングとか、州外から遺体を運ぶ仕事であるとか広範な
業務内容一切を執り行ない、葬儀の知識だけで無く、
心の問題に至るまでの広範囲の分野を担当する。
以前は葬祭業にかなり不明朗な部分があり、その料金が
一般的に高く、それに、予期しなかった項目などが請求され不評であった。

このライセンスは割合最近設定されたライセンスだが。
特徴の一つとしては、式前に詳細に亘るサービス内容の提示と
見積書の提出を義務付け、明朗会計に徹する。

専門家としての知識と経験からの助言に加え、葬儀後遺族の
方々の心の問題までをもカウンセリングしてくれる。
職業としてもハイレベルで、信頼もおける。
ぜひ日本でも取り入れたい制度だ。
また、生前予約も一般的でフューネラルディレクター
アソシエイションが保障し受け付ける事ができる。

自分の人生をどう演出する事ができるようになり、
遺族にとっては、喜ばしい制度なのだが、自分の死んだ後
のことを考えない、考えたくもなく、
奥さんが適当にやってくれるだろうと考える人の多い日本では
まだまだ浸透するまでに時間がかかるだろう。

米国では、フューネラルディレクターだけでなしに、
墓地の管理者、お墓の販売セールスマンを職業として選ぶ場合、
試験を受け、合格し、初めて業務につけ、開業できるが、
それに伴う収支決算書の報告であるとかの詳細に渡る報告を
州政府の管轄官庁に義務ずけられる。散骨業も州政府により
おなじく管理され、使用する船、又は飛行機なども届出をする。
カリフォルニア州の場合、違反した場合は、1年以内の懲役、
$5000ドル以下の罰金が課される

欧米での自然葬の歴史は長い、大陸発見の大航海時代以前にさかのぼり、

オーストラリア大陸を発見したキャプテンクック、
アメリカ大陸を発見したコロンブスらの航海中に病気や、
負傷し亡くなった者を狭い船内に収容し帰国まで保存することは
難しく水葬していたのが始まりだ。歴史上では、
第二次世界大戦中が水葬の数が一番多かったようだ。

今でも米国では水葬が許され、例えば水深600フィート以上の
場所とか、いろいろの規則はあるが、それに従えば葬送方法
として誰でも出来る。海岸からの距離、海底まで沈み方、
浮上しない方法が講じられているかなどチェックは厳しいが、
まだ、かなりの人が興味を持っているようで米国内での問合せは
水葬関連が一番多い。
また、ハワイのパンチボール、ワシントンのアーリントン
墓地が有名だが戦死、又は、従軍中の戦功により、英雄として
墓にはいることが許される。

特に海軍では海軍に従軍した本人に限らず、その家族も
希望すれば海軍葬の散骨を許される。

最近では、ケネディー元大統領の子息ケネディージュニアが
自分の操縦する小型飛行機で夫妻とも亡くなったが、その時も
海軍に遺族が申請し、駆逐艦ブリスコー艦上で式が行われ、
夫妻の好きだったマサチューセッツ州マーサズヴィンヤードの
洋上で散骨を行った。

アメリカでは自然葬は一般的だ。私の住むロスアンジェルスでも
近くの港から毎週のように散骨に向かう船が出る。

宗教も人種も多様だが、大多数の散骨は普通の教会で行う葬儀で
見られる黒の喪服での式と違い、カジュアルだ。

背広よりも、アロハシャツまたはカジュアルシャツ、
Tシャツにジーンズを着る人も多く、何の式なのか一見では分らない。

不必要な形式を重んじないアメリカの中で多くの人が好む葬送方法で、これからももっと多くの人が選ぶ葬儀の形態になるだろう。

アメリカの著名人にも自然葬を選ぶ人は多い。

名画『カサブランカ』でハンフリーボガードと共演しその美貌とともに絶大な人気を博しオスカー賞を3回受賞したイングリッド バーグマン、そして『史上最大の作戦』「ライアンの娘」等で有名なロバート ミッチャム、『戦艦ポチョムキン』テレビ映画の『拳銃無宿』そして『大脱走』等の俳優スティーブ マックウィーン、「ジャイアンツ」「武器よさらば」などで好演したロック ハドソン、歌手ジャニス ジョフリンなどが有名だ。

現在でもアメリカでの年間死亡者数は230万人ほど、その内24%弱55万人が散骨を行っているという。一番先進的と言われるカリフォルニア州では30%に達し、60%の人が散骨を希望しているという、これからもますます増え続ける勢いである。

(アメリカの場合日本の場合1)

日本の場合

日本でも最近は葬祭の代理業とでも言う、適切な料金で、
サービスに定評のある葬儀屋さんとだけ業務提携し、
インターネットで各地の葬儀屋さんをお客様に紹介する会社がある。

明朗会計を打ち出し、サービス内容を向上させ、
良くはなっているのだが、フューネラルディレクターのような
公的な許可書とかライセンスの制度が必要ではないだろうか。

散骨については、現在のところライセンスも無く、誰でも行えるのが実情だ。

今でも多くの散骨屋が誕生しそして消えている。

散骨屋さんによっては、お土産、観光業、レストラン等と
併業をしているところが多く、葬儀がいつも有る訳ではないので
商売の為にはしょうがないのだろうが、自然葬が終わるや否や
「ハイ次はこちらです」と指定のレストランであるとか、
お土産屋に連れ回すのでは故人もうかばれない。

日本には散骨に関する法律が無いのだからライセンスの
作りようが無いが、法律が無ければあらゆる面で規制が効かない。散骨が社会的に受け入れられれば、それだけ散骨業者の数も増え、
無秩序に散骨を行うものが出てくるのは明らかであるし、
一方では、散骨の一般化により、商業的な損害を受ける者が必ず出てくる。
散骨と言う、人間にとって自然な葬送方法を守る為にも、
早い時点で法律や条例の策定、ライセンスなどのシステム化が必要となるだろう。

日本では年間死亡者数は93万人程度だが、実際に散骨を
葬送方法として選ぶ人は1000人に満たないのではないだろうか?
統計数字が無いので分からないが1%に満たないのは確かであろう。
しかし、高齢化社会とはいえ、第二次世界大戦後の
第一次ベビーブームの申し子「団塊の世代」が
老齢化して来ており、少子化も側面的に影響し、
飛躍的に増加する事が容易に予想できる。
ちなみに、なぜ日本では散骨が行われなかったのだろう。
それは次の3つの理由によると考えられる。

1) 墓や埋葬などを規制する法律は「墓・埋葬等に関する法律」通称を墓埋法であるが、刑法の遺体遺棄罪・遺骨遺棄罪の方が新聞等で報じられることが多いし、猟奇事件としての扱いが多いので、大多数の人は、水葬などの存在は知ってはいるものの、遺骨を海や山に撒く散骨は、遺棄する事と近いイメージにとるのだろう。

大きな間違いなのだが。

2) 散骨という葬送方法はアメリカでは200年以上の歴史があっても、日本の歴史の上では存在せず、自分の知識や、経験の範疇を超えた「思いもよらない事」だったのが最大の理由だろう。江戸時代以降仏教・神教が受けた政治的配慮による変遷にも一切顔を出さず、近い所では、明治政府を樹立後1871年に火葬禁止令が出され、翌1872年に畦道に遺骸を埋めぬよう禁止令が出ているが、あくまでも憶測だが、禁止令が出ているところを見ると、自然葬の前兆はあったようだ

しかしながら、散骨が行われた公的な記録はここ数年前からで現に、
散骨を規制する法規は整備されていないどころか、一つも無い。

法律はいつも「遅まきながら」作られるものだが、
旧法務省と旧厚生省の、法の解釈を変えることだけで今のところしのいでいる。

現代の日日の動きは早く、そして過去の経験則では推し量れない
ことが多くあり時代について行くのに四苦八苦するが、
散骨も日本人にとっては「思いもしない、考えも出来ない」
事だっただけで、思いつけばそう目くじら立てるものでもないのだ。

人の生活を根底から変えた、時代の矛先コンピューターの普及が
こんなに早く来ると感じた人は少なかった。

散骨の普及が早いかどうかは分からないが、同時代での
普及なのは、時代の転換の象徴といえなくもない。

3) 特に仏教,神教が、昔の様に寺子屋ではないにせよ地域での社会生活、また、日常生活にまで浸透しなくなり、ほとんど葬祭のみの繋がりになったことがおおきな原因なのは分かる。

法事の帰りに美味しい物が食べるからと連れて行かれた、私たちの時代ではまだ先祖を尊ぶ親からの教育があり、先祖代々の墓を守る事が長子または遺産相続者(祭祀継承者)の責任とされていた。

自然葬が広まってきた理由:

それではなぜこれまでに自然葬(散骨)が喧伝し始めたのだろう。
時代の要請と言えばそれまでだが、それ以上に精神的な分野、
人間関係、社会の慣行の変化、色々の変化が根底をなしているのではないだろうか。

ここでは、考えられることと実際に私のお客様がなぜ自然葬を選んだのか聞き取り調査から答を導こう。

1)宗教関連
特定の宗教を持っていないので。
お経などの意味が理解できないので。
故人が新興宗教に入信していたので、先祖からのお寺に断られた。
新しくお墓を作らなくてはいけないと言われたが余裕が無い。

2)お墓関連
墓所、墓石が高額で買う余裕が無い。
近い将来移転する事が考えられ、特定の場所に決めにくい。

3)家族環境その他
子供がいない。
娘しかおらず、嫁家の墓に入る。
理由があり、嫁いだ家の墓には入りたくない。
暗く狭い墓の中は嫌だ。
本や新聞などで読んでいいと思った。
生涯独身だから。
離婚したので、実家には戻れない。
法的な夫婦ではないから。
自然が好きで、きれいな所で一生を終えたい。
比較的安いから。
故人の遺言だから。
自分の人生最後まで自分で演出したい。
お金がかから無そうだから。
難病を患い、献体後にしたい。

考え方は多岐多様にわたり、まさに人生そのものだ。
今まで来た道をそのまま歩き続けるのも人生。
今までこう歩いて来たのだから自分の最後だけはこうしたい。そんな個々人の意思が葬送の場に生かせるチャンスがあることだけでも素晴らしい。

線路の上をわき見もせずに歩んだ人生でも、たまには見知らぬ駅で降りてみて、
見知らぬ町の赤提灯で一杯やりながら、
新しい味に触れ、考え、発見し、何で今までこれを
しなかったのだろうと後悔するのも楽しいもの。
路傍の石の人生も悪いわけではないが、最期に大きな声で
「俺はこうしたい」とひと言自分を主張するのも楽しい。

この機会に、一度ゆっくり考える事をお勧めしたい。

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